小説

『No Face』植木天洋(『狢(むじな)』)

 口の動きだけでそう伝えてくる。シャープペンシルを払いのけて「だまれ」と口で伝える。それでもしつこくつついてくるので、仕方なくスマホを渡した。その直後に教師が振り返ったので、冷や汗をかいた。授業中のスマホ操作は、スマホ取り上げのうえ、三日間の停学だ。今のご時世、厳しすぎやしないか?
 そんなリスクを犯しながらスマホを受け取ると、奴は「うおー」という形に口を変化させた。
 俺は頬杖をついて、窓の外を眺めた。どこかのクラスが、サッカーをしていた。へぼいキック。へぼいゴール。へぼいディフェンス。そんなサッカーならやらない方がマシだ。パスされたボールをよけるヘタレまでいる。サッカーファンの俺はイライラして、肘をツンツンする感触に余計イライラを募らせた。
 なんだよ
 口の形で伝えると、タカシが妙に浮かれた顔で俺のスマホを差し出していた。教師は長ったらしい数式の解説をしている。
 スマホを受け取って「画面をみろ」というジェスチャーに素直に画面に目を落とした。
 「今日会わない?」
 おっと、カオナシ女からのオフのお誘いか。どれだけ人をバカにすれば気が済むんだ。実際会ってめちゃくちゃブスだったら、どうするんだ。逃げようがないぞ。
 ――アエヨ――
 タカシが無責任に言ってくる。「やだよ」と反射的に返したが、しばらくして少し考え直した。いや、意外とそれも悪くないかも知れない。カオナシ女の正体を暴けるのだ。そもそも何の目的で顔のない写真を送りつけてきたのか。ブスなら納得もいくが、だとしたらすぐに会いたがる理由がわからない。この際会ってみてスッキリするのも手かもしれない。
 「いいよ。どこで待ち合わせする?」と返すと、すぐに返信が来て、近場の繁華街の駅前広場に決まった。時間はカオナシ女の放課後に合わせた。
 ――ヤッタナ――
 何を察したのか、奴が親指を立てて見せた。まったく、ウザい奴。まあ、悪い奴じゃないんだけれど。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10