小説

『No Face』植木天洋(『狢(むじな)』)

 ボリュームたっぷりの夕飯をかき込んでから、二階にある部屋にあがってベッドに寝転がった。大の字になりながら、右手にはスマホ。一日の中でほとんど手放すことはない。風呂の中にも密封袋に入れて持ち込んでいるくらいだ。少しでも離れていると不安になる。
 今は風呂が沸くまでのリラックスタイムだ。ちょっとドキドキしながら、最近LINEで知り合った女の子にメッセージを送ってみた。まだ顔はわからないけれど、趣味が合ってやり取りが続いていた。昨日は好きなマンガの話でかなり盛り上がった。だいぶいい感じなんじゃないかと、我ながら思う。
 「いまメシ食った」
 しばらくして、返事が届いた。
 「わたしも。ちょっと食べすぎたかも。ヤバイ」
 へへ、とひとり笑う。返事が早い。いい兆候だ。それにしてもこの年頃の女子はよく食べ過ぎて後悔する。で、すぐダイエット宣言だ。たいてい次の日にはまた食べ過ぎるんだけど。でも大体そういう子に限って、ダイエットが必要なくらい太ってる子は少ない気がする。なんでみんなそんなに痩せたがるんだ? そんなことを考えていると、無性に相手の顔が気になった。
 「ねえ、どんな顔してるの? ちなみにこれ俺」
 自撮りを添えて送ると、短い文章で「OK。ちょっと待って」と返ってきた。
 彼女――いちおう女だと言っている――はどんな顔なんだろう。チャットで一番緊張する瞬間だ。期待半分、恐さ半分。聞かなきゃよかったってこともあった。メッセージだけですませていれば楽しい相手だったのに……でも親密になればなるほど、やっぱり相手の顔が気になってくる。これはもう、人間の性だ。
 そういうわけで、たいていそんなに短くない「ちょっと」を辛抱強く待っていると、ついに写真がきた。わくわくしながら開く。見た瞬間しばらく固まった。なんてこった。その画像の意味を理解するのに少し時間がかかった。
 そこに写っていたのは確かに女の子ではあった。ピンク色のスウェットの衿、肩上で伸びたダークブラウンの髪。思った通り太ってない。顎の下で小さくピースしている。でもその上に、顔が――ない。目とか鼻、口のあるべきところにあるのは、つるりとした肌色の面だけ。心なし緩やかな凹凸があって気味が悪い。 

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