小説

『笛吹き男のコーダ』木江恭(『ハーメルンの笛吹き男』)

 碓氷の姿を認め、男が二人近づいてきた。残った一人は繋がれた馬の鼻面を撫でている。
碓氷は足を止め、半身を引いて自分の後ろを示した。男たちはぼんやりと突っ立った子どもたちを数え、眉を顰めた。
「一人多いぞ」
 そう読めた口の動きに碓氷が気を取られた瞬間、碓氷の裾がくいと引かれた。振り向いて、碓氷は呆然とする。
 それは、すずだった。
 碓氷は咄嗟にすずを背中に隠し、必死で頭を巡らせた。一体どうしてすずがここに。行進曲マルチャが街まで聞こえてしまったか。いや、仮にそうであっても、耳の聞こえないすずには届かない筈だ。
 ならば――自分の意志で碓氷を追ってきたのか。
 月明かりだけを頼りに、この長い夜道を。
 碓氷がすずを見下ろすと、すずは不安そうな顔で口をゆっくりと動かした。
「もういってしまうの」
 そして、碓氷の背中の風呂敷包みを引っ張って、悲しげに笑った。
「おきをつけて」
 馬鹿な娘だ。碓氷は苦々しく思う。
 碓氷には分からない。分かりたくもない。毎度碓氷にだけこっそりとよこした小鉢の意味も、わざわざ夜道を追ってきた心情も、黒目がちの瞳がじっと碓氷を見つめる理由も。
 何もかも理解不能で、身勝手で、迷惑だ。
 無断で小鉢を出したことが露見すれば叱られただろう。ほら、額の痣はどうして拵えた。耳の聞こえぬ身の夜道は心細く恐ろしかったろう。足はきっと傷だらけだ。
 ほんの数日顔を合わせただけの男に、一体何の夢を見ている。
 大人しく、己の小さな世界に閉じこもっていればよいものを!
 思考に沈んだ碓氷の肩を、男の一人がぐいと掴んだ。

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