小説

『笛吹き男のコーダ』木江恭(『ハーメルンの笛吹き男』)

 川べりの人だかり。筵から突き出していた濡れた足。
 あの明るい街で――ほんの一刻ほど前に、碓氷は人を四人殺めた。
 その更に向こうの街でも、汽車の終点のその先でも――そしてたった今逃げ出してきた山奥では、十二の幼い命を売り渡してきた。
 それが、碓氷の通ってきた道だった。ぐねぐねと蛇行し、曲がり角で必ず誰かを突き落としては自分の足場を守るような、捻れた道だった。
 碓氷はすずの肩を掴み、街の方へと押しやった。不安げな目によく見えるよう、ゆっくりと口を動かす。
 あとでいく。おまえはさきにいけ。
 すずはもの問いたげにじっと碓氷を見つめたが、碓氷の手がぐいぐいと体を押すのに観念したのか、大きく頷いてから一目散に駆け出した。
 そうだ、すず、走って行け。しっかりと地面を踏みしめて、前を見て、真っ直ぐに進んで行け。
 お前はそのままでいろ。項垂れるな。世を拗ねるな。歪んだ優越で他を見下すな。
 おれのようには、なるな。
 出し抜けに後頭部をがつんと殴られて、碓氷は呻き声を上げて倒れ込んだ。
 おい、すず――たまには、後ろも確認した方がいいらしいぞ。
 全く、おれのような碌でなしには似合いの結尾コーダだなァ。
 妙に可笑しくなって口元を緩ませながら、碓氷は意識を失った。

 喉に途轍もなく苦い何かが詰まっている。息苦しさで目が覚めた。
 こみ上げてくる不快感を吐き出そうと顔を横に向けると、不意に腹が痙攣し、碓氷は逆流してきたものを全て嘔吐した。頭や首がもげそうなほどずきずきと痛む。砕けた頭蓋骨がその辺に飛び散っていると言われても納得できそうだった。
 喉を焼く胃酸と自分の吐瀉物の匂いで噎せる碓氷の頬に、何か柔らかいものが触れた。のろのろと視線を上げる。
 地面にぺたりと座り込んだすずが、大粒の涙を流していた。

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