小説

『硝子細工』酒井華蓮(『堕落論』坂口安吾)

 自分の容姿をエサに、その寄って来た男との形式だけの恋人関係が壊れるのを待っているんだ。その瞬間が欲しいんだ。
 彼女を歪めたのは矢張りその「美麗」たる容姿だろう。愛や心中にばかり憧れるのは本当の愛が欲しかったからにきっと、違いないだろう。
 ふと、彼女が「友情って美しいじゃない?だから」という思考に至ってしまったら、いや、彼女のことだから既に至っているのではと思ったがその先にロクな結果が待っていないと直感的に感じて考えるのを辞めた。
 が、彼女は人の心を読める力でもあるのかにこにこと口を開いた。いよいよ厨二病説も濃厚だ。
「でも、綺麗なものを綺麗なまま終わらせたいのは日本人の心理よ。私、真理子との友情関係は死ぬまで綺麗なまま持っていきたい」
「壊すのが好きなんじゃないの?」
「壊れた後も綺麗なものが好き。友情は壊れたらまず綺麗じゃないでしょ。まず、真理子は友達とか、もうそういうレベルじゃなくて姉妹みたいな感じだしね」
 成るほど、恋愛なら破綻した後でも美談として語られることは多いし、互いの関係も継続できるが友情、それも女性同士となると破綻した後も戦争だ。
 ひとまず彼女に何かふっかけられることは無いらしい。
 それにしても、だ。
「どうにかならないの、その性格」
 何杯目かのジャスミン茶を注ぎながら問うと彼女は一際大きく煙を吐き出した。
 私が煙草を好きでないのを分かっていてわざとこちらに吐いているような気がする。
「堕落すれば少しはまともになるかもね」
「あんたが堕落したらもっと性根が腐りそう。まともに人とやっていけないくらい」
まさか、と美麗がまた笑う。そう、そうやって普通に笑っていれば、口を閉じていれば綺麗なのに。
「でも私、綺麗だから」
「うわ」
 世間の反感を思いっきり買いそうな台詞だ。録音しておけばよかった。
 でも彼女のことだからその後には「大丈夫、堕落する前に壊れるよ」なんて続きそうだ。
 今更私は彼女の容姿について異論はないが、それでもどうしても言いたいことがある。

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