小説

『双子の山羊』宮城忠司(北欧神話『タングスニとタングスニョースト』)

 双子は成長が早く二週間もすると二倍の重さになった。隔離している筈の子山羊が元気に生き生きとしているのを怪しんだ父から亮三は罵倒された。
「馬鹿野郎!情が湧いてからでは遅い!明日山へ捨ててこい!」
 母からの取りなしも夫婦喧嘩の原因になる始末だった。
 亮三には、瓜二つの子山羊を外見で見分けることは不可能だった。遊ぶ様子から判断するより方法がなかった。やんちゃな子をメイ一、優しい方をメイ二と呼んでいた。
 自転車の荷台に載せたリンゴ箱にメイ一とメイ二を入れ、亮三は家から二キロ程奥まった父の持ち山へ向かった。なだらかな山麓が県境まで続いている広い山だった。裾野の方は鬱蒼とした杉木立で、そこを超えると灌木が生い茂っていた。
 亮三は心で手を合わせながら双子の子山羊を放ち、振り向かずに逃げ帰った。
 その夜から冷たい春の嵐が三日ほど吹き荒れた。亮三はメイ一とメイ二は凍え死んだものだと確信していた。
 漸く天候が回復した日の夕方だった。山菜採りに山に入り、帰宅途中のお婆さんが母と話をしていた。
「あんたとこの山に、山羊が二匹、元気で遊んでいたから、おらぁ、吃驚してのう::真っ白で可愛いもんやった」
 母でさえ子山羊の生存を信じていなかった。口をポカンと開けたまま、お婆さんの話を聞いていた。
 翌日、居ても立ってもおれなくなった亮三は仮病をつかった。
「今日、腹痛いし、学校休んで寝とるわ」
「そうかい。ちゃぶ台にトンプク置いとくから」
 亮三が学校を休むのは珍しいことだったから母は亮三の言い分を簡単に信じた。父は農作業の段取りに忙しく全く聞こえない風だった。
 父母が野良仕事に出かけるのを待って杉山へ自転車を走らせた。どう考えてみても、子山羊が生きていることが奇跡としか思えなかった。
「メイ一とメイ二は生きている。杉木立の中で体を寄せ合い嵐に耐えたのだろうか?母親を真似て若草を食んでいたから空腹を凌げたのかもなぁー」
 亮三は息を弾ませながら獣道を登って行った。木立が切れる辺りに杉の大樹が一本あって、そこから県境の稜線が見渡せた。

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