小説

『汐穂の王子さま』晴香葉子(『星の王子さま』)

「明日は、どこに行くの?」
 王子が思い出したように聞いた。
「明日はね、カラオケ!」
 汐穂は、不自然なくらい明るく元気に答えた。
「それが最後だったっけ」
「そう、7つ目」
「良かった、間に合って」
 その言葉の意味は、怖くて聞けなかった。
 王子と過ごした数日の間に、海翔と王子の記憶が重なって、海翔だけのことがはっきりと思い出せなくなっていた。王子の横で海を眺めながら、このままずっと夏休みで、このままずっとこの生活が続けばいいと思った。汐穂はすっかり王子の海翔に夢中だった。

 次の日カラオケに行くと、王子は、物珍しそうに機材をみたり、曲に合わせてちょっとでたらめに歌ったり、笑ったりしていた。歌詞の画面に宇宙や星の映像が映ると、寂しそうな顔をすることがあって、まるで少年のようだと思った。ふと気付くと王子は、ソファに深く座り、少し疲れたようだった。
「あ、もうそろそろ帰ったほうがいいよね」
「うん、そうだね」
「じゃあ、これで最後の曲にするね」
 最後の曲……。海翔と一緒に、カラオケで歌いたいね、って言ってた曲。Mr.Childrenの「365日」。
 でも、だめだった。王子は王子、海翔じゃない。やっぱりこの曲だけは1人じゃ歌えない。海翔と病室で、イヤホンを片方ずつして聴いていた曲なんだから……。メロディを聴きながら歌詞を目で追っていると、涙があとからあとから溢れてきて、汐穂はいつしか、泣きじゃくっていた。365日。人々が一年で愛し合える日数。汐穂と海翔の一年間…。
 王子はというと、汐穂の様子には全く気付かないようで、すやすやと眠っていた。

 曲が終わってしばらくすると、王子は目を覚まし、弱々しく立ち上がった。ひとしきり泣いた汐穂の涙もおさまっていた。店の外に出るとすぐに、王子は音も無く立ち止まった。

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