小説

『汐穂の王子さま』晴香葉子(『星の王子さま』)

 汐穂は、はっとして引き出しの奥から、ノートを取り出した。高校3年生になって、長く入院するようになった海翔との交換ノートだ。LINEのやりとりはしていたのだけれど、何か手に感触があるようなものでお互いの言葉を持っていたくて、もしかしたら残したくて、最初は照れながら、あとのほうは泣きながら書いていた。そこには、病気が治ったら一緒にしたいことが7つ、書かれていた。汐穂はページを開き、
「えっとね、図書館!図書館で勉強っていうのはどうかな。遊びっぽくないけど……」
「いいよ。星が真上にくるまでなら」
「ほんとに!じゃあ、ちょっと待って、何か服をとってくるから」
 両親が旅行中であることをこんなに嬉しく思ったことはない。父親のクローゼットから短パンとポロシャツを持って部屋に戻った。金髪の海翔は、着替えると、とても細くて、髪の色以外、本当に海翔がいるようだった。
「そうだ、なんて呼べばいい?」
「みんなは王子さまって呼ぶけど」
「えっ、そ、そう……」
「あとは、ぼっちゃん、って呼ぶともだちもいるよ。砂漠に」
「そうなの……」
 そうだった。すっかり海翔の幽霊か幻覚だと思いはじめていたけれど、星の王子さまの幻覚という線も可能性としてはあったのだ。
「あのね、もし、嫌でなければなんだけど……」
「なんだい?」
「ヒロトって呼んでもいい?」
「あはは、いいよ。あだ名だね。僕はなんて呼べばいいの?」
「シホってよんで」
 二人は近くの図書館へ行った。勉強をするのではなく、それぞれいろいろな本を手にして、眺めて過ごした。
「ねえ、あの席に座って読まない?」
 汐穂と王子は、閲覧席に並んで座った。「こんなふうに一緒に受験勉強したかった……」と、心の底から思った。窓から西陽が差し、王子の髪がきらきらと麦畑のように輝いた。このままずっとこうしていたい……と汐穂は思った。

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