小説

『待つ』野口武士(『浦島太郎』)

「戦後、グアムで日本兵が見つかったの知ってる?」
 自分の中ではタイムリーな話題ながら、またも唐突な話題の変更にあたふたしながら、
「はい、今日、両親と三人で車で行ってきました。タロフォフォの滝」
と答える。
 女性はアコを見つめ、
「実はこの海岸でも戦後、同じくらいの時期に日本兵が一人見つかったのよ」
 と言った。
「え?」
 アコは思わず声をあげた。自分の知っている限り、敗戦を知らずにジャングルに隠れていた人はここグアムに一人と、フィリピンに一人だけだ。もう一人いたら、絶対大きな話題になってる筈だし、知らないなんてありえない事だった。
「ホントですか」
 と半信半疑で聞く。
「ええ、でもあまりにも不思議な事件だったから、一般には知られてないのよ。この事は」
 不思議な事件、と言われて、またアコの好奇心が疼いた。恋愛と不思議な話、怖い話は女子の大好物だ(と自分の嗜好を無理やり全女性の嗜好にすり替えた)。アコはワクワクして、
「不思議な事件、ってどういう話なんですか?」
 と聞く。
 女性は視線を下に落とした。そして、真っ白い砂を手ですくって、こぼす。自分からこの話を持ち出したのに、話すのを躊躇するかのように、その行為を繰り返した。アコは辛抱強く待つ。しばらくして、やっと女性は、また目を海に向けて、ゆっくりと語りだした。
「1970年代のはじめ、この海岸に一人の男が流れ着いたの。旧日本軍の野戦服を着て、海岸に倒れていた。見つけたのは地元の人。最初は死んでると思われたその男は、警察が到着する頃、目を覚ました。そこにいた人達は皆驚いたわ。驚いた理由は二つ。ひとつは、死んでいると思われた男が目を覚ました事。そしてもうひとつは、戦争が終わって三十年も経ってるのに、その野戦服を着た男はどう見ても十代後半の少年にしか見えなかった事。最初はただのいたずらだと思われたわ。その頃はもう日本から旅行に来る人もいたから。でも、その男はパスポートもない、宿もない、入国した記録すらなかった。持ち物は肩にかけた雑嚢だけ。大騒動の末、地元の警察では手に負えなくなって、日本の政府関係者が彼に会った。そして彼が何者か、明らかになった。太平洋戦争に従軍した少年兵と身元が一致したの。いたずらでも何でもなかった。彼は戦争が終わった事も知らず、年も取っていなかった」

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