小説

『待つ』野口武士(『浦島太郎』)

「済みません、うっかりシャッターを切ってしまって……」
 そこまで言って、アコはこの人日本人じゃないかもしれない、という不安が頭をよぎる。見た目はアジア人だが、ここはグアム。えっと、英語で言った方がいいかな?ニューヨークに暮らしているくせに、咄嗟の事になるとうまく英語が出てこない自分を情けなく思う。女性がニッコリ笑った。
「私を撮ったの?」
 聞こえてきたのはまごうことなき日本語だ。美しい顔立ちをした人だった。年は私より上のようだ。25~26くらいだろうか?アコはちょっと安心して
「ごめんなさい、すぐ消しますから」
と言ってカメラを撮影モードから再生モードにして、液晶モニターで今撮った画像を確認する。
 あれ、おかしい。アコは首をひねった。モニターに表示された画像は確かに今女性が座っている流木が写っている。だが、女性が写っていないのだ。あんな一瞬で女性が移動して座ったのかな?まさか、テレビに映り込みたい小学生じゃあるまいし。でも、何で写ってないの?釈然とせずに画像と女性を交互に見つめていると、女性が
「綺麗に撮れてる?」
と冗談っぽく聞いてくる。
「えっと……」
 困惑しながら、アコは思った。きっと私の知らない技術的な問題でたまたま写っていないのだろう、と自分を無理やり納得させる。そうに違いない。全く精密機械ってのは気紛れだ。きっと祖父母もこんな気分を味わうのがイヤだから、頑なにパソコンを拒否するのだ。これからはしつこくパソコン買えと言うのはやめにしよう。そうアコは決心した。
「写ってないです」
 これが証拠とばかりに女性にモニターを見てもらった。
「すみませんでした」
 あらためて頭を下げると、女性はいいのよ、と言って海を眺める。
 とりあえず、揉め事にならずにホッとした。胸を撫で下ろして、あらためて女性を見る。神秘的な雰囲気を持ってる人だなあ、と考えながら、アコは何となくその女性から目が離せなくなっていた。

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