小説

『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)

おばあさんとやらを殺してやろう。内蔵を引きずり出し、噛みちぎってやる。
そう息巻いて樫の木の裏に身を隠した。
おばあさんの家には煙突がある。狼は鼻が良い。何の匂いかは分からないが、何となく少女が言っていた赤い実の匂いに近しいものを感じ取れた。
作っている本人もこの匂いは辛いのか、ドアが開いている。
気配を殺して家へ忍び込んだ途端、狼は無意識に牙を剥いた。
少女が話していた鍋さじ、木べら。叩かれたのだと言っていた。
つま先の尖った靴。蹴られて痛かったと。
そして何よりおばあさん。
家にあるまじき大きな影、すぐに気づかれた。
「どこから入ってきたのよ!私なんか食べても美味しくないわよ、そうだ、これから孫が来る。若い小娘だよ!そっちの方が美味いに決まってる!あいつを食べな!」
人は不味い。だが思わず唸った。
おばあさんとは、母の母だと少女は言っていた。
血縁がある者を痛めつけるというのが狼には理解できない。
「ほう、小娘」
「ああ!若い女だ、脂もたっぷり乗ってるだろうよ!」
「どのような容姿、かな」
おばあさんから興味をなくしたように、ドアへ顔を向ける。
まだ来ないだろうか。結果を知ることになろうと食べる瞬間は見ない方が良いのではないか。
狼なりに考えたが、まだ姿も見えない。
「赤い頭巾を被ってる、本当だよ!私が作ったのを似合いもしないのにいつもいつも…今日だって被ってるはずだ!」
「似合わないと知っていたか」
ぐるぐる、喉が鳴る。
矢張り食わねばならぬ。彼女には多く教えられた。これくらい、安いもの。
「私は色が分からぬ。
だが、あの娘に赤は似合わぬ」

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