小説

『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)

獲物をドアの前に降ろして、中へ踏み込んだと同時に反射的に銃を構えていた。
「く…食ったのか」
何と大きな狼か。座っているのに猟師と同じ程の背丈がある。
しかし猟師に全く反応せず、狼は俯いている。銃を構えたまま、猟師は少し首をもたげて狼を覗き込んだ。
「お前、猟師だな」
黄色い瞳に捉えられて、牙でなく言葉を向けられて、思わず銃を下ろした。
ますます何事か、猟師も戸惑っていると狼が口を開いた。
「私の腹を裂け」
「な、何だ、どういうことだ?」
「この家の老婆と娘を食った。だが娘は本意で無い。娘がせがむから食った。食うには食ったのだ、腹から出してくれ」
猟師にはその娘がすぐに赤ずきんだと分かったが、本意でないだのせがんだだの、分からない事が多すぎてひとまず話を聞く事にした。狼も襲いかかる様子はかけらもない。
そして赤ずきんがおばあさんに虐められていたこと、母にも愛されないことを知って絶望したが故に狼に望まれて食われたこと、狼と長いこと時間を共にしていたことを知った。
丸呑みにしたからまだ腹の中で生きているだろうと言う。
どれも信じがたいが、狼の様子からも真実のように感じた。
「分かった、赤ずきんは俺が引き取る。だが悪いが、腹を割いたら婆さんも出すぞ」
「何故だ。貴様が息の根を止めるのか?」
「違う。救える者は救わなきゃならない。赤ずきんを助けたら一緒に出てきちまうだろうしな」
狼が黙り込む。怒らせてしまっただろうか。そっと銃を握る手に力を込めるが、杞憂だったようで狼が床に寝転んだ。
「分かった。娘が助かるのであればこの際厭わぬ」
「お前ひどくあの娘を気に入っているな。嫁にでもするつもりか」
「そんな訳があるか。私は色が見えぬ。仲間内でも見えないのは私だけで、皆茶化すばかりだったが、あの娘が色を教えてくれたのだ」
これはその恩だ。

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