小説

『赤ずきんと海の狼』酒井華蓮(『赤ずきん』)

黄色は少女の髪。黒は夜。青は真昼の空。しかし海は別の青。
全て少女に教えられたこの世界の色。
少女は花畑を出る時、フードを被る。嫌いだと言いながら、真っ赤だというそれを深く被り、紐を首の前で結んだ。
その度に酷い顔をした。人ではないからあれはどんな顔と言えばいいのか分からない。狼には色も分からない。しかし、あの顔は少女に似合わぬ。その首輪のような紐も飼われているようで似合わぬ。それが赤であるのなら、あの娘に赤は似合わぬ。
「あの娘が謀ったのか!」
おばあさんが悲鳴を上げる。逃げる。
丸腰の人間を捕らえるなど、狼には簡単過ぎた。すぐに追い付いて、彼女を何度と叩いたという、その腕から食べた。
しかし、矢張り不味い。それも老婆だ、骨ばって食えたものではない。
しかしこれでは彼女に報えぬ。味わえば食えないのならと丸呑みにした。
狼が振り返る。赤い頭巾がはためいた。
「狼さん。おばあちゃんを食べたの?」
きょとんと、矢張りいつものように怯えは無い。
狼に駆け寄った少女は突然、表情を歪めた。
狼にはこれが何か分からない。強いて言うなら花畑から出て行く時の顔に近しい。
しかし少女の敵は食ったのだ。何が気に食わないだろうか。
狼が首を傾げると同時に、少女の目から雫が落ちる。泣き出した。それは狼にもわかった。
「狼さん、私も食べてよ。おばあちゃんだけなんて、ずるいよ」
「何?」
彼女が食われたい理由をふと、思い出した。
青。己の身体の色だと彼女が言った。
「しかしお前を痛めつける老婆は私が食った。もう憂いて生きることもあるまい」
「ううん。あのね、これを知ったらお母さんは、貴方が代わりに死ねば良かったって絶対言う。私、聞いちゃった。お母さんとおばあちゃんがこそこそ話していて、私が生意気、小賢しい、あの男に似てきた。今はいないお父さんのことね。つり目も金髪も、お父さんにそっくりで憎たらしいって」

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