小説

『人形の夢』あおきゆか(『たれぞ知る』ギ・ド・モーパッサン)

「ああ、あれ」
「ぜんぶ買い取りたいんです」
「ぜんぶ?」
「はい」
「まあ、ずいぶんと豪儀な・・・でも、残念。あの人形たちはもう買い手がついてるの」
「ぜんぶですか?」
「そう、ぜんぶ」
 女はそう言うと薄く笑った。
「それならなぜあんな目立つ場所に飾っているんですか」
「だってそうしなきゃ見つけてもらえないじゃないの」
「それはどういう意味でしょう」
「どういうもこういうも、言葉通りの意味よ。あの子たちは、見つけてもらうためにあそこにずうっと座っていたんだから・・・」
 いったいこの女との奇妙な押し問答が、Sには不快を通り越してもはや不気味に思えてきたが、それなら余計に人形たちをここに置いてはいけないような気もするのだ。
「ほんとうに売ってはもらえないんですか。その買い手という人に会わせてはもらえませんか」
「あんたもしつこい人ね・・・でも、そういえば一人だけ残っていたかもしれないわよ」
「見せてください」
「じゃ、こっちにどうぞ」
 案内された部屋はひどく暗くて、女の白いセーターですら頼りない明かりのようだ。
「この奥の部屋で待ってて」
 そう言うと女は目の前のドアを開けた。突然白々と眩しい明かりが目に飛び込んできた。
「さあ、入って」
 背後でドアが閉まる音がして、振り返ったときにはすでに女の姿は消えていた。

 部屋のまんなかに一列に並べられた椅子があった。
 そこに女が九人、座っていた。

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