小説

『いつか、そこに咲いていた花』村越呂美(太宰治『あさましきもの』)

 岸田聡は、多くの欠点にもかかわらず、人に好かれる男だった。その酒癖の悪さ、後先考えない金使いの荒さ、節操のない浮気癖。彼が抱える悪癖は、往々にして周囲の人達を巻き込み、相当な迷惑をかけることになった。ところが彼から迷惑をこうむった人々は、決して彼を嫌わなかった。それどころか、トラブルに巻き込まれ、金銭的にも、精神的にも少なからぬ損失を受けた人々は、
「しょうがない奴だけど、なんだか憎めなくてねえ」
「根は優しい人なのよ」
 と、彼をかばいさえした。もっと言ってしまえば、彼から受けた被害が大きい人ほど、彼に対して寛大であろうとしたような気がする。まるで、彼を許すことが、人として優れた資質であると信じているかのように。
 そして岸田は、自分が人から許してもらえる人間だということを、よく知っていた。
 実を言えば、岸田のような人間は、そうめずらしくない。どこの集団にも、程度の差こそあれ彼のようなタイプが一人くらいはいる、と言っても言い過ぎではない。自分勝手なことばかりして、周りに迷惑をかけているのに、なぜか人気者で、失敗しても人の好意をあてにして、なんとか切り抜けてしまうから本気で反省もしない、というタイプだ。
 若い頃の私は、そういう人間を好まなかった。彼らに華やかで人をそらさない魅力があるのは確かだが、平気で周囲の人間に損失を負わせ、それを自分の当然の権利だと考える彼らの厚かましさや鈍感さを、まだ二十代の私には、大目に見ることができなかったからだ。
 だからあの頃の私が岸田と親しくなったのは、何年かに一度訪れる惑星直列のような、偶然の重なりによるものだった。
 その日私は、オープンしたばかりの、目黒川沿いにあるイタリアン・レストランを訪れた。当時私は、飲食店関係者を読者とする業界誌の編集をしていたので、時間と経費が許す限り、新しい店になるべく顔を出すようにしていた。
 料理人やオーナーが思いを込めて開くレストランというのは、丹精込めて育て、ようやく開花した栽培の難しい植物のようなものだ。来年もそこで花を咲かせるとは限らない。ほんの少しの不運や油断が原因で、大半が一年きりで枯れてしまう。
 長年の料理修行、資金集め、物件探し、インテリアや食器を選び、食材の仕入れ先を確保し、開店にこぎつける。それは実際、栽培に手間のかかる希少な植物を育てるのに似ている。長年の品種改良、栽培地の選定、土作り、水やり、肥料の工夫、手を尽くし、時間をかけて、ようやく開花に成功しても、それはいつまでも続くものではない。

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