小説

『狼はいない』光浦こう(『狼少年』)

 驚く事に、狼少年の話しは本当であった。
 いや、正しくは本当なのであろう。だけれども。
 この村の人間達は嘘をついたら誰も信じてくれなくなるぞ。という狼少年の教訓をばあさん達が赤ん坊の頃よりももっと前から伝え続けている。
なのでどんなに小さな子供でも、絶対に嘘をつく事が無い。
 たかちゃんがそれの良い例である。
嘘をつくという行為がこの村では裏切りであり、最も非人道的な行為とみなされているのだ。
 大人になっても、やれ喧嘩だ暴力だ。なんて事はざらにあるが嘘については皆シビアだ。
 結果ウソを吐く人間を見た事が無い村人達にとってウソはこの世に存在しない物なのである。

 何の警戒心もなく余所者を受け入れてしまう所は見ている側からすると少し危うげで違和感も覚えるのだが、変に勘ぐられる事もないので非常に居心地がよく、予定よりも長く村に滞在していた。

 その間村人を手伝ったり探検をしたりと中々刺激的な日々を過ごしている内に、どうやらこの村は、海は漁業、陸は農業とどちらも盛んで、それらは近隣の村や質の良いものは都心の方まで売られていく。
 経済的にかなり安定しているため、地理的にも、そういった部分でも自立した村であるようだ。言ってしまえば外部との接点を持たなくともここの人間たちは最低限の生活を営むことができる。
そしてほとんどの人間は外に出ていくことが無いという。

 村を一通り探検した僕はオオカミ少年の家へと行ってみる事にした。中央広場から続く長い階段を下り、海に向かう一本道の途中に両側に木々を生やした細い小道がひっそりと現れる。開けた海への道からは一転、薄暗く圧迫感のある小道は四方から何者かの視線を感じる様でつい早歩きになってしまう。
 風に揺られる葉がこすれ合う音は、森同士がこしょこしょ話しをしている様だ。
 別に何も後ろめたい事なんかしてないぜ。
と思いながらも、森の中では自分の繕う全ての皮が無抵抗にひっぺがされ、全てお見通しよ。と優しく生暖かい眼差しで咎められている錯覚に陥るのは普段からの自分の素行の問題だろうか。
 見た目よりも長く続く小道を息を切らしながら登りきると出し惜しみしていた青空が目の前に悠然と広がる。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14