小説

『狼はいない』光浦こう(『狼少年』)

「何しに行くかね。灯り点けてたら狼が来るんで危ないよ」
 嘘つきは狼にでも食われてしまえ。

 夕食を食べ終え自分の部屋に戻っても少年の家が気になってしまい、窓の桟に腰掛け何となく観察をしていた。うっすらとだが灯りが点されている様だ。
 こんな夜中に何をしているのだろうか、盗む物も無いだろうし会いに行く住人もいない。わざわざ夜中にあんな道を通ってまで行くには何かしら理由があるはずだ。村人から隠れて何かをするために。
大男はまだ会合とやらで戻ってこないときた。
 僕は軽く身支度をしてばあさんから懐中電灯を借り様子を見に行く事にした。好奇心もあったし、何よりあの男が村人たちに平気で嘘をつく姿が浮かび胸くそ悪くなったのだ。

 月明かりのおかげで歩くのにはなんら支障もない。
 白い光にぼんやりと浮かぶ古い家はどこか幻想的で自分がおとぎ話の世界に入り込んでしまった様に感じた。しかし狼少年にそんなシーンはない。
 こっそり近づいて行くと複数人の話し声が聞こえる。
こんな所にまで来てまた金でも巻き上げているのか。
 あんたのせいでケガしちまったんだよ、お金をおくれ。少しでいんだよ、少しで。
 しかし、実際に覗いた穴からは手前に人が立っているせいで中を確認出来ないし、あの男の声もしない。そして少し切羽詰まっているような、それに加えどこか気分が高揚しているような空気が伝わってきて、思わず息をのみ込んだ。
 手前の男が横を向いた時に見慣れた時計が目の前で揺れる。
 なんだ、随分奥まった所で会合をやるもんなんだな。
 中にいる人間が分かり、張りつめていた神経が一気に緩むのを感じる。ついでに膀胱も緩んだ様だ。
 相変わらず熱心に何かを話しているが後ろ向きなので内容が聞き取れない。今自分が入っても邪魔にはならないだろうか、人があまりいない所を見ると大方解散した後なのだろう。
「あのー、今って入っても大丈夫ですか?」
 遠慮がちに開く扉のぎいぃという音に、驚いた顔が一斉にこちらを振り返った。

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