小説

『ピンクの100円ライター』山名美穂(『マッチ売りの少女』)

 まるでわたしの心中を察したように、あるいは独り言のように、コバヤシは真面目くさった顔をして言い訳をした。 ついさっきまで羊毛の手袋の中に収まっていたわたしの右手が、今はその四角い部屋の中で、外気にさらされて冷たく、硬くなったコバヤシの左手と強く結ばれていた。彼の手はわたしから体温を奪っていく。ポケットの中は、ふたりの手を平等に温めようとする。 乾燥した冬の空気に水分さえ奪われたコバヤシの左手は、わたしの右手を離さない。彼は、じっと、無言で、視線をひざに落としたままだ。わたしはもう一度、大人になったコバヤシの横顔をまじまじと見つめた。学生時代、長い茶髪に隠れがちだった彼の耳は、今は惜しげもなく人目にさらされている。それは、少し小さめだけれど、とても綺麗な形をしていた。耳の奥へと続く溝は小川の流れのように、美しいラインを描いている。わたしは、短く切られた黒髪の下で紅潮したその神様の(あるいは彼の両親の)造形物を飽きることなく、彼がタバコを吸い終わるまで、じっと見つめていた。

 コバヤシはタバコを吸いきると、間を置かずに次の一本を取り出して、火をつけた。その動作はすべて右側の手だけで器用に行われる。風に揺らぐライターの灯りを見て、
「みんなでスノボに行く時はいつも」
 わたしの口からはことばがこぼれた。
「あなたが運転をしていて」
「でっかいマニュアル車だった」
「わたしは助手席にいて」
「タバコを吸いたいと、いつもクリタに火をつけてって、頼むんだ」
「ピンク色の、100円ライターで」
 コバヤシは唇の端っこで笑った。
「後部座席組はいつもぐぅぐぅ寝てるのに、クリタは必ず起きていた」
 彼が息を吸うと、タバコの先の明るさが一瞬だけ強まる。そのたびによみがえった当時の記憶が、鮮明さを取り戻していく。
「なんで寝なかったの?」
 男の問いを、わたしは曖昧に笑って濁した。そのままふたりは、しばらくうつむいて口をつぐんだ。

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