小説

『きのうの私』まやかし(『ドッペルゲンガー』)

 砂場の砂よりもっと細かい塵が現れる。化石発掘のように丁寧に払いのけていくと、やっぱり私が埋まっていた。今よりずっと明るい髪色で、耳にピアスをぶらさげている。肩まで表出したところで、脇の下に腕をすべり込ませて引っ張り出す。見慣れた制服を着ている。学校の統廃合によって今はなくなってしまった母校の制服。三年間毎日着た、思い出の制服。
 高校生のころの私。毎日幸せでいっぱいだった、あのころの私。涙のあとに塵がはりついて、かれた川のようになっている。思わず胸に抱きかかえ、好きだったんだよねと声をかける。さらさらさらと音がした。
 いつだって思い出は輝いて見える。こうして高校生の私を見ていると、昔はよかったと安直に考えてしまう。何をしたって楽しくて、風が吹いても笑っただろう。将来のことなんてあやふやにしか考えていなかったけれど、好きなことに熱中して、本気でやっていた。
 今は明日の暮らしのことだって不安でしかたがない。仕事がなくなったらどうやって生きてゆくのか。大きな病気をしたらどうしようか。同僚は次の企画の担当を引受けててくれるだろうか。入院するほどの怪我をしたら労災は降りるのだろうか。このまま独身だったらどうしようか。
 頭をよぎるのは孫の顔を見られなかったと嘆く親の顔、いつかマンションで孤独死するかもしれない私の老後。
 別れなければ、よかったのに。思えばあれからまともな恋愛はしていない。大人になって手を抜くずるさを覚えると、それはいつのまにか恋愛にまでおよんでいた。干渉しすぎない楽な関係。お互いが良ければそれでいいじゃないか。
 この汚い腕に抱かれた、高校生の私が目を開けて、今の私を見たらどう思うのだろう。かわいそうな人だと嗤うだろうか。それとも嘆き悲しんでくれるか。かれてしまった私には、私も味方をしてくれないかもしれない。お前にあの人はふさわしくない、と一喝されてしまうかもしない。
 そんなことを妄想していても現実は無慈悲に進んでいる。あの人はとっくに結婚して、幸せな家庭を築いている。相応しいも相応しくないもあったものではない。アンテナなんか立ててないのに情報はどんどん入ってくる。見たくもないものまで見えてしまう。
 いつからか卑屈になってしまった私。こんな私がどうしてきっとあの人と結婚していたに違いない、なんて妄言を吐けるのか。そうか、あの恋はとっくの昔に終わっていたのだ。どこかでさらさら音がした。
 すると老女がよってきて「ご苦労様です」と背後で言った。
 私は後ろを振り向かずに、風に舞ってゆく塵を見ていた。後ろでさらさら音がする。風に揺れる木の葉の音か。それとも老女が塵になったか。私は後ろを振り向けずに、塵になってゆく私を見ていた。またさらさらと音がした。高校生の私は腕の中で、風に吹かれて塵になりながら消えた。

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