小説

『桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と』大前粟生(『桃太郎』)

 あなたはひとり残らず桃太郎に殺される。桃太郎はあなたのカバンや懐やズボンのポケットから財布を抜き取って、桃太郎が待つ家に帰っていく。終わりはあんまり覚えてないけど、桃太郎はやがてお姫様と結婚して、いつまでもしあわせに暮らしたとかなんだとかで終わる。そんなもんだろう。でもお姫様はいない。桃太郎は結婚しない。桃太郎には恋人だっていたことはないし、友だちがいたこともない。親さえいない。みんな桃太郎だからだ。やがて桃太郎は死ぬけど、桃太郎が死んだらだれもお墓に埋める人はいない。桃太郎が死ぬということは桃太郎が死ぬということだ。桃太郎が死ぬと、なにもかもが終わる。

 幕が下りて、もう一度上がる。桃太郎が一列に並んで、深々とおじぎをする。死んだあなたは狂ったほどの拍手をする。

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