小説

『桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と桃太郎と』大前粟生(『桃太郎』)

 桃太郎は桃太郎にきびだんごをやる。桃太郎はきびだんごなんかよりもセブンイレブンのシュークリームの方がおいしいと思っていて、それは桃太郎にしてもそうなのだが、桃太郎は桃太郎にきびだんごをねだり、もらい、お供になる存在として配置されている。
 桃太郎が歩いている。桃太郎も歩いている。桃太郎が飛んでくる。桃太郎は桃太郎の肩にとまって、桃太郎と同じことをいう。それでまた、桃太郎は桃太郎にきびだんごをやる。
 桃太郎が歩いている。桃太郎も歩いている。桃太郎は桃太郎の頭の上に乗っている。桃太郎が歩いている。あとは書かなくてもあなたならわかるはずだ。
 風は荒れ狂い、空はどす黒くて今にも落ちてきそうだ。ヒステリックな海の上にはぽつんと一隻の舟がある。その上で桃太郎は震え、桃太郎は鳴き、桃太郎は鳴き、桃太郎は吠えている。
 桃太郎はついに鬼が島に上陸した。だが、鬼がいない。当然だ。だれも鬼になんてなりたくない。桃太郎役になりたい人、と先生がいったとき、全員が手を上げた。もしかしたらあなたは、ひとりの桃太郎が全役を演じていると思ったかもしれないが、そんなことはない。それはとても体力がいることで、根気と才能も必要だ。桃太郎にはまだそんなことはできなくて、舞台上は桃太郎で溢れかえっている。山へしば刈りにいった桃太郎も桃太郎を切った桃太郎も桃太郎も桃太郎も桃太郎も桃太郎も桃太郎に食べられた桃太郎も桃太郎がおしっこをかけた桃太郎も桃太郎が泊まったホテルの桃太郎も桃太郎が出会い系サイトを通じて出会った桃太郎も舟の先導をしている桃太郎も、その他あれこれの桃太郎が鬼が島にいる。当たり前のことだ。みんな桃太郎だ。
 桃太郎は鬼退治をしないといけない。そう決まっている。だが鬼がいない。桃太郎は客席を見渡す。だれか鬼みたいな人はいないだろうか。と、あなたと桃太郎の目が合う。
 桃太郎はあなたの下へ駆けつけて、あなたを殺す。
 あなたは桃太郎のママ、それともパパ? おじいちゃんかおばあちゃんかもしれないし、お兄さんやお姉さん、妹、弟、生まれたばかりの赤ん坊かもしれないあなたを、桃太郎が殺す。また、客席にいるさっき劇を終えたばかりの浦島太郎や一寸法師やシンデレラやバットマンもあなただ。歯科衛生士のあなたに羊飼いのあなた、スーパーのレジ打ちのあなた、会計士のあなた俳優のあなたに売れない作家のあなた、あるいはあなたは神さまかもしれないし、幽霊かもしれない。これを読んでいるのはみんなあなただ。

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