小説

『羽化の明日』木江恭(『幸福の王子』)

「一ヶ月いられなくてごめん。途中でいなくなってごめん。でもトーコ、お願いだから、消えたいなんて、要らないなんて言わないで。だって」
 唇まで凍えてしまう前に、潤んだ目元にそっとそれを押し当てた。
「大好きだよ、トーコ」
 ぽろんと溢れた雫を見届けて、私の意識は暗闇に落ちた。

 色々なことを、思い返す。

――やあ、この度はこちらの手違いですまなかったね。繊細な羽化の途中にくしゃみを浴びせて吹き飛ばすなんて、全く信じられないミスだ。担当はよく叱っておいたよ。お詫びとして、特別に好きなものに生まれ変わらせてあげよう。
そうさ、鳥でも犬でも猫でも、何なら人間だって構わないよ。本当はクラス違いの転生には経験値と推薦書が必要なんだけど、今回は特別だ。
え?それはもしかして……いや、君の最期についてはこちらでモニタリングしていたから、君の言う「あの子」のことも知っているが、しかしそれは、その、色々と制約がついてしまうが、いいのかい。
わかった。では、幾つか約束事を言いつけよう。
ひとつ、毎日日没には、ここに戻らなければならない。
ふたつ、現世のものを口にしてはならないよ。帰ってこられなくなるからね。
みっつ、現世に留まる期間は一ヶ月が限界だ。
 では、健闘を祈るよ。

 ぼんやりと空を見上げていた。
 突風に攫われて地面に叩きつけられてから、どれくらい経ったのだろう。ああ、あと少し持ち堪えることが出来ていたなら、この空を飛び回っていられたのに。
 遠くから地響きが聞こえる。何かが近づいてくる。猫だろうか。鋭い爪と牙に弄ばれて、四肢をばらばらに解体されて終わるのか。
 足音がすぐ傍で止まり、そして、熱くて柔らかいものに体を包まれた。
 可哀想に。

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