小説

『黍団子をもう一度』山北貴子(『桃太郎』)

私は自分の息がヒュッという音を立てるのを感じた。
家の周りに立っている木は全て桃の木だ。
そして遠目からもその木に大きな桃が生っているのが見える。
足が震え、全身の血が冷えるのを感じた。
 私はここで生っていたのだ。
私の全身を駆け巡る恐怖の感情は、あの鬼たちを目の前にした時よりずっと巨大なものだった。
恐ろしかった、出来ることならここで引き返し、優しいおじいさんとおばあさんの元で温かい布団にくるまり眠りたかった。
しかし、私の足はザリザリと砂を踏みしめ進んでいく。
もう帰ることは出来ないよと、そう体が語っているようだった。

古い、今にも朽ち果てそうな家だった。
おじいさんの家も古かったが、それよりもはるかに小さく、汚く、暗い家だった。
私は家の中の様子をうかがった。
誰かがいる気配はない。
私は深く息を吐き、周りに茂る桃を見渡す。
大きい、普段目にする桃の何倍、いや十倍以上の大きさだ。
これなら中に赤子が入っていると言われても納得できる大きさだ。
私はひとつの桃にそっと手を伸ばした。
「なんねえよ」
突然後ろから声がし、私は思わずその手を引き込める。
「桃に触ってはなんねえよ」
老翁…いや老婆か?
みすぼらしい姿は、性別が判断できないほどだった。
「入んなあ、桃が気になるんだろ?
教えてやるから、触っちゃなんねえ」
そう言って老婆は家の中に入っていった。

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