小説

『白雪姫の遺言』日野成美(『白雪姫』)

 生き返った白雪姫は呆然として、それからわあわあ、いつまでも泣いていた。あんなに傷ついて打ちひしがれた存在をオイラたちは見たことがない。二度目に生き返ったときは、かえって絶望しているようにさえ見えた。自分が何をしたのか、なぜこんなことをされなければならないのか、白雪姫はもとよりオイラたちにもさっぱりわからなんだ。オイラたちは継母の女王が憎かった。けれどもどうしようもなかった。殺せるものなら殺してやりたかった。
 そして三度目、本当に白雪姫は眼を覚まさなかった。倒れ伏している白雪姫のそばにはルビーよりも赤いりんごが転がっていて、どんなに揺すぶっても泣いても彼女は眼を覚まさなかった。
小人の技の粋を集めて作ったガラスの棺におさめた白雪姫は、生きているときそのままに愛らしくて、はじめてオイラたちのベッドで眠っていたのを見つけた、あのときのまんまだった。明け暮れオイラたちはあの棺のまわりに集まって、彼女が大好きだった花や食べ物を絶やさないようにした。
 白雪姫が死んで、悲しみのうちに時が経った。ある秋の夕暮れ、一人の王子様が狩りの途中で山に迷いこんできた。もう宵闇の漂いはじめる頃だったから、オイラたちは家で一晩明かしなさいとすすめたんだ。
その晩は明るい月夜になった。オイラたちのうちの一人はいつも通り、できたてほやほやの夕飯を持って、丘の上の棺の中で眠っている白雪姫の前にそなえに行った。それを王子様は、そっとつけていっていった。そして丘の上の菩提樹の下に安置されていたガラスの棺の中で、白雪姫がさやかな月光にくるまれ、神々しい様子で眠りについているのを見つけたんだ。王子様はよろめく足で棺に近寄った。白雪姫におおいかぶさり、その小さく半開きになった珊瑚色の唇に、自分の唇をガラス越しにそっと重ねた。それから跪いて、彼は自分でもわけがわからないままに泣いていた。
 それから言い出したことには、たまげたよ。白雪姫をぜひもらい受けたいっていう。彼女はもう死んでしまって、物を言うことも起き上がることも、ましてや笑顔を見せることだって絶対にない。しかし王子様は跪いて頭を下げた。
 もうこの人の面影が――黒檀のように黒い髪の広がったのが、血のように赤い頬のまるみが、白雪のように白くすきとおった肌が、まつげの影が、半開きの唇の形が、すっかり眼に焼きついて離れない、狂おしいほどにこの人しか眼に入らない、自分の気がおかしいのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
「私は白雪姫に恋しました。お願いします、白雪姫をどうかください。国をすっかりくれてやったとしても彼女を守ります」

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