小説

『白雪姫の遺言』日野成美(『白雪姫』)

     1 お城の元女官の話

 わたしはお城でときの女王様にご奉公する光栄に浴しましたが、白雪姫と呼ばれたあのお姫様と、その継母の魔女の女王様がどんなに美しかったか、懐かしく思い出すにつけ悲しい気持ちになります。
 白雪姫は七歳でした。黒檀のように黒い髪に、血のように赤い頬に、白雪のような肌に、冬の青空のように輝く青い眼をなさっておいででした。その場にいるだけで光が満ちてすっかり幸せになってしまうような、そんな優れた素質を備えた愛らしいお姫様でした。女王様は御年三十、女の盛りというやつでしょう、その白い肌に肉づきの豊かなこと、金糸のように波打つ豊かな髪、そしてあのエメラルドのように冴えた緑の眼で見られると、骨の髄まで見透かされたように感じたものでした。あの方こそ、貴婦人と言うにふさわしいお方です。おふたりともとてもお美しかった。優劣などつけられましょうか。太陽のあたたかな輝きと、月のしっとりと冷たい青い影とを引き比べて、どちらが優れているなどと言う愚か者がいるでしょうか。
 さて、わたしは女王様のお部屋にかかっている、魔法の鏡を日に三度、磨くお役目をいただいておりました。それは金の縁にダイヤモンドやルビー、水晶、エメラルドや他にもとりどりとの宝石が不思議な模様になってはめこまれた見事な鏡で、女王様の嫁入り道具でした。日頃から大変大切に扱われていますから、わたしのすることといえば、ただやわらかい布で女王様の指のあとを拭うだけといったものでした。その魔法の鏡は千里の果てをも見通すという力を持っていて、知らないこととてなく、たずねれば何でも教えてくれるのです。女王様は毎日のように、こう話しかけておりました。
 ――鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?
 ある日のことでした。わたしはいつもの通り鏡を磨いておりました。使用人によくあることですが、わたしもまたご主人の持ち物で遊ぶ誘惑にたびたび負けました。女王様のおつけになる首飾りやイヤリングなどを自分で飾っては、ひとりで楽しんだものです。その日も誘惑が湧いてたえきれなくなり、あたりに誰も居ないのを見計らうと早口で鏡にささやきかけました。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰」
 すると鏡の面が波紋のように揺れ、深い水の底からわきあがるような不思議な声が返って参りました。
『それは白雪姫』

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