小説

『シェーベ』中村崇(『透明人間』H・G・ウエルズ)

 ドアが音を立てて閉まる。
「座ってろ」
 突然の声に身体を硬直させる。男? 若い? 辺りを見回す。
「君には見えない」
 茜は動揺しながら声の方を見るが、何も見えなかった。
「誰? どこにいるの?」
「君の目の前」
「ふざけないで」
「ピアノ、弾いてみせたろ? もう一度弾こうか?」
 滅茶苦茶な和音がピアノから響く。不快感に茜は身体を震わせ、なんとか自分を守ろうと腕を自分の身体に巻き付けたが、身体よりも歯が鳴って止まらなかった。
「どうやって入ってきたのよっ」
「玄関から入ったよ。君のお父さんについてきたんだ」 
「あんたが、彩を殺したの?」
「彩?」
「さっき私と一緒にいた女の子!」 
「あぁ、そうだよ」
「なんで! 彩があんたに何かした? いい加減出てきなさいよ!」
「だからいるって。もう証明したろ? 僕は透明。触れている物も透明になる」
「ピアノなってなかったじゃん!」
「僕より重いからね」
「ふざけんな!」
 茜が叫び立ち上がろうとした瞬間、激しい音を立て突然足下に鍵が落下した。稔のものだ。
「ひっ」
 笑い声が響き、声の主は、ね? と言った。
「……なんで殺したの!」
「理由は無いよ」
「なら私も殺せよ!」
「自分の足、見て」
 見なくても分る。二度と立てないかもしれない位に震えている。悔しくても歯を食いしばる事も出来ない。涙が滲む。

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