小説

『おじいちゃんと桃』ナガシマルリ(『桃太郎』)

 最寄り駅を降りて、一人で家まで歩いていると、さっきのおじいちゃんと桃のことを思い出した。
(あれはおっきかったよなあ!)
 スイカとは比べものにならない大きさだった。桃の大きさを何かわかりやすいものに例えようと必死で考えているうちに、「あっ」とつい大きな声が出た。
(あれ桃太郎じゃん!)
 そしてもう一度おじいちゃんと桃の姿を思い出して、唐突に道の途中でお腹を抱えて笑い出してしまった。誰もいない夕方の道で、堪えようとすればするほど、おじいちゃんの無表情な顔や落ちそうな桃を鮮明に思い出してしまう。
(今時のは、自転車で運ぶんだ!拾った桃、自転車で運ぶんだ!)

 みんなと話してるときと同じようなしょうもないことのはずなのに、いつもの何倍も面白くて笑いすぎて苦しくって、一人なのに無性に楽しくなってくる。お腹がよじれるほど笑ったのがすごく久しぶりだったことに気がついたのは夕ご飯のデザートに桃が出てきたときだった。
「はっ、あーやばい、お母さん、今はあたし桃はやばい」
「はあ?あんな何言ってんの」
「本当、今あたし、桃ダメなんだって!!」
 家族の冷たい視線なんて気にもせず、呼吸困難になりながらまた一人で笑い転げ、あの大きな桃から生まれてくる男の子が元気に育てばいいなと思った。

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