小説

『仇討ち太郎』星谷菖蒲(『桃太郎』)

 男たちが鬼塚に駆け寄り、背中を押さえて両手を荒っぽく縛り上げると、そのまま立ち上がらせた。鬼塚がよろけながら立ち上がると、男たちは強く背中を押して歩き出すよう命じた。大人しく去り行く背中に、男は声をかけた。
「鬼塚」
 かまわず歩を進めていた鬼塚は、男たちに縄を引っ張られて足を止める。気だるげに振り返った彼の顔には何の表情も浮かんでいない。覇気のない顔に、ぎょろりとした大きな目玉があるだけだ。
「其の方、桃谷の娘が奉公に出されて家にいなかったことを知っているか?」
 男は何気なく問いかけたつもりだった。しかし鬼塚はその言葉を聞くと、白紙のような顔へ徐々に笑みを浮かべた。
「ああ、もちろん知っているとも」
「ならばなぜ」
「娘は殺さなかったのかって?」
「ああ……どこにいるか知らなかったのか?」
「ちゃんと知ってるさ。染屋町の錦屋だろう」
 男たちは息を飲んだ。異常なまでに桃谷を殴りつけた執念から考えれば、鬼塚が桃谷の娘を残して捕まるのは不自然だ。彼らは鬼塚の言葉を待つ。
「――俺たちの恨みは、いつまでも、未来永劫続いていく。桃太郎の子孫は死に続けるんだ。……ずうっとな」
 不ぞろいな歯を見せて不気味に笑った鬼塚の言葉に、男たちは背筋の毛が逆立つのを感じた。桃太郎の子孫の生き残りとなってしまった桃谷の娘も、いずれは結婚して子供を作るだろう。そうすれば桃太郎の血は残っていく。一方鬼塚は妻もおらず、当然子供もいない。親とはとっくに死別していると供述した。鬼塚が裁かれれば、鬼の血はここで途絶えるはずだ。けれど男たちは胸に湧きあがった不安を消し去ることができない。
 鬼塚は、意味深な笑みを浮かべたまま口を開いた。
「俺の名前は?」
「鬼塚太郎、であろう」
「ああ、そうさ」
 怪訝そうな男の口調を気にせず、鬼塚はその返答に満足そうに返事をした。
「だけどそれは、鍛冶屋の当主としての名前だ。俺個人の本名は、」
 鬼塚の口が下弦の月のように弧を描く。
「――鬼塚次郎、だ」

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