小説

『仇討ち太郎』星谷菖蒲(『桃太郎』)

「なあ、お前。桃太郎の話を知っているか?」

 夜のうちに使用人が町の同心のところへ駆け込み、事の次第が明らかになった。その事件は夜更けであったにもかかわらず、昼前には瓦版が刷られ、午後には詮議が行われると話題になった。
 山本町で薬種屋を営んでいた、桃太郎の子孫として有名な桃谷一家が惨殺された。当主の桃谷太郎をはじめとするその妻、嫡男、生まれたばかりの赤子にいたるまで撲殺されたのだ。桃谷に至っては何度も何度も執拗なまでに殴られており、顔も体もほとんど原型を留めていなかったという。
 しかし不思議なことに、犯人の顔を直接見たという使用人は一人も殺されなかった。それどころか、凶器である金棒で触れられることすらなかったという。奇妙な話ではあったが、彼ら使用人という目撃者がいたため、一家を撲殺したあと自宅へ帰ったという下手人を未明には捕らえることができた。下手人は、桃谷家と何の関わりもない、近くの町で鍛冶屋を営む鬼塚太郎と判明する。その後の同心の調べで、さらに奇妙なことが判明した。鬼塚が鍛冶屋として受けていた仕事は、全て前日までに片付けていたというのだ。まるで、最初から捕まることを覚悟していたかのように。

 
 使用人の証言を間に挟みながら、鬼塚は語った。鬼塚は嫌な顔ひとつせず、使用人の証言を聞いていた。桃谷家に忍び込んで一家を撲殺したこと。使用人には指一本触れなかったこと。未明に捕まるまで島町の自宅にいたこと。全てを認めた。
「つまり、其の方は桃太郎に退治された鬼の生き残りである、ということか?」
「違う。生き残った鬼の子孫だ」
「桃谷が桃太郎の子孫であるのと同じように?」
「ああ、そうさ」
 鬼塚は縦に頷いた。記録をとっていた男が筆を止めて怪訝そうに鬼塚を見やる。鬼塚は不審げに見られていることも知らずに、強く握り締めた拳を膝に置いている。
 正面で鬼塚を見下ろしている男は、ぴしりと音を立てて膝を叩いた。その場に緊張が走る。
「鬼塚太郎の詮議はこれにて終了とする。沙汰は追って下す、連れ立てよ」

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