小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

 それから僕と和泉は学校では今まで通り話す事はなかったが、あの場所で少しだけ会話を交わすのが日課になっていた。和泉は家の、そして僕はギターの事や洋介さんの話などが多かった。回を重ねる度に、いつしか僕たちは本当の友達へと進展していた。
「江藤くん、今日も練習?来週から期末テストだよ」
「テスト勉強もするよ、もちろん」
 はははと笑って誤摩化す。こうやって僅かな時間立ち話をしているだけで、額からは汗が滲んでいた。
「もう、夏だな」
 空を見上げると、遠くの方に入道雲がどっしりと構えていた。
「夏は…嫌い。でも、冬も嫌い」
 和泉が恨めしそうな顔で雲を見つめる。
「暑いのも寒いのも、苦手って。我が儘だな、和泉」
 冗談まじりに返したが、彼女の表情は固いままだった。
「違う、そうじゃなくて、おばあちゃんが」
「あ……」
「お年寄りは夏の暑さや、冬の寒さに弱いから………おばあちゃんはとても良い人かと言われたら、答えられないけど…でも、それでも私のたった一人の肉親だから……何かあったら……」
彼女の言葉が僕の心臓にグサリと突き刺さる。
(和泉は、いつもどんな思いをして生きているんだよ)
「和泉……」
 掛ける言葉が見つからず、ただ突っ立っている僕に彼女の方が申し訳なさそうな顔をしてみせた。
「ごめん、こんな話」
「いや!僕が悪い!何にも考えなしで」
 しかし、そこでまた言葉を失うと長い沈黙が僕らの間を漂っていた。
「ねぇ」
 和泉が口火をきる。
「江藤くんってギター弾きながら歌も歌えるんでしょ?」
「あ、う、うん。でも、歌はなんとなく歌っているだけで」

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