小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

「でね、僕の体を引きずったとか言うんですよ。ほら、みて、この擦り傷」
 アンティーク調の革製ソファーに座りながら、ずいっと腕を前に突き出し洋介さんに見せつける。
「まぁまぁ、でもさ、道路に横たわったまま放置されるよりマシじゃん」
 洋介さんは冷蔵庫から缶コーラを出すと、手渡してくれた。
「そ、そりゃそうですけど」
「だろ?」
 にっと笑い、洋介さんはスタンドからギターを取ると向かいのソファーに座りチューニングを始めた。慌てて僕もコーラをサイドテーブルに置き、自分のギターを取りに行く。ギターストラップを怪我している部分に当たらない様にそおっと通しているとまた洋介さんに笑われてしまった。
「いや、これ結構痛いんですよ」
「はいはい、分かったよ」
(洋介さんだったら痛いのも我慢出来そうだな。というか、洋介さんって何が起きても動じなさそう)
180センチの長身に細長い手足。きりっと整った顔と長い髪は既に大物ミュージシャンっぽい雰囲気がある。
「洋介さんはずるいよな」
「ん?なんだ突然?あ、そう言えばスコアブック手に入ったんだろ?」
「あ!!そうだ!!」
 座っていたソファー上の鞄からスコアブックを取り出そうとすると、ギターボディに肘が辺り、擦り剥けた部分に痛みが走る。
「あでででで!!!」
「おいおい、そんな調子で今日練習出来るのか?」
 笑いながらブリキ製の箱から大きめの絆創膏を取り出すと、こちらに投げてくれた。

 
 翌日、5月としては異例な暑さの中、僕は長袖を着てスタジオへと向かっていた。昨日帰った後、母さんに怪我の事がバレてしまい無理矢理病院に連れて行かれ、大袈裟な程に包帯を巻かれてしまったからだ。
「自転車とぶつかったなんて正直に言わず、こけたって言っておけば良かった」

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