小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

「うわ、けっこうひでーなこれ」
「ああ、それはここに移動する際に負った傷よ」
「…………それって、お前が引きずった所為で出来た傷って事だよな?」
「そうとも言うわね」
「…………」
 よくもまぁ、表情も変えずそんな事をさらりと言えるものだ。だが、確かに道路の真ん中で寝ていたらそのまま車にでも轢かれかねない。ここはとりあえず和泉にお礼は言わねば。
「とにかく移動させてくれて有難う。女子1人じゃ大変だったよな」
 僕は身長が170センチある。どう見ても相当小柄な和泉には引きずる事すら大変だったろう。
(和泉って140センチくらいか?ぱっと見、これは小学生だよな)
「あ、そう言えば自転車の人は大丈夫だったのかな?」
「その人なら寧ろピンピンしていたわよ。倒れているあなたなんて無視してとっとと去っていったから」
 捨てる神あれば拾う神ありとはこの事か。ぶつかった張本人は僕を置き去りにして、全く関係の無い和泉が助けてくれたのだから。
(少々荒っぽい神だけどな)
「和泉がたまたま通りかかってくれて助かったよ」
「そう、良かった」
よっと立ち上がると、また全身に激痛が稲妻の如く走った。
「って、いてて」
「大丈夫?消毒薬持ってこようか?うちの家すぐそこだから」
「いや、ありがとう。でも、スタジオにもあるから」
 と、そこまで言葉を発した後、慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
(しまった!!!うっかりスタジオって言っちゃった)
 恐る恐る和泉の顔を見ると、眉一つ動かさず淡々とした口調で答えてきた。
「ふぅん。じゃ、私もう家に戻らないと」
 ここまで無反応なのもなかなか堪える。
(普通、え?スタジオって何?とか聞かないか?)
 僕は和泉の背中を見送ると、先程までの抑揚感はすっかり失せた足取りで洋介さんのもとへと向かった。

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