小説

『ツバメとおやゆび姫』五十嵐涼(『おやゆび姫』)

「ブログとか書いた事は?」
「あ、あります」
 ふむと、何故か満足げな顔をした後、洋介さんは少し身を前に乗り出した。
「キミ、合格!ここで働きなさい!」
「はぁ!!?」
 思わず僕と和泉の声が重なる。
「いやさ、だって住む所が無いんだろ。どっかアパートを借りるたって大変だろう。だったらこの事務所に住み込みで働けば良いじゃん。俺もメンバーもそれぞれ家を持っているし、普段はスタジオで練習しているからその間の電話番とホームページの更新とかするスタッフが居てくれたらなーって思っていたんだよ」
 和泉と瞬きもせずに顔を見合わせ、二人揃って見開いたままの目で洋介さんを見る。
「あ?なに?」
 僕達は口までぽかんと開いたままだ。
「大丈夫、心配しなくてもメンバーもみんないい奴だし。あ、もし嫌だったらキーボードが女子だから彼女に聞いて……」
 そこまで洋介さんが言いかけると、急に和泉はその場に立ち上がった。
「まずはここの事務所で大丈夫です!どうか、宜しくお願いします!!」

 
「じゃ、ここで」
 新幹線乗り場の前まで、洋介さんと和泉が見送りに来てくれた。行き来た時は二人だったというのに。今は僕だけが新幹線の切符を握りしめている。
「なんて顔しているんだよ。江藤くんだってこっちに来るんだろう?」
「はい、卒業したら……」
 分かっている。けど、どうしてだろう。僕の目からは涙が溢れていた。
「江藤くん」
 和泉が冷えた手で僕の手を握ってきた。普段から小柄な和泉だが、洋介さんの隣に居るとますます小さく見えた。美しく、清閑で、小さい彼女はまるで、そうまるで。
「おやゆび姫みたいだな」
 彼女は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を緩め、そして初めて微笑んだ。
「じゃあ、江藤くんはツバメさんだね。おやゆび姫を暖かい土地に運んでくれたツバメさん。ねえ、春になったらツバメさんはまた飛んで来てくれるかしら?」
 もう僕は堪えきれなくなって、思わず彼女を引き寄せるとそのまま強く抱きしめた。
「春になったら、必ず飛んで行くよおやゆび姫」

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