小説

『アコガレ』田中りさこ(『うりこひめとあまのじゃく』)

ツギクルバナー

 エロ、というのは、恥ずかしいことだ。
 わたしはずっとそう思っていた。
 内気な性格で、わいわいと人の輪や話題についていくのが苦手だったから、自分のペースで読める物語を好んだ。
 物語の中のエロには、みんな見向きもしないのに、どうして裸の写真やヌードデッサンをエロいとはやし立てるのだろう。
 クラスでエロいと言われる男の子たちより、わたしの頭の中の方がずっとずっといろんなことを妄想していた。
 初めて誰にも言えないうしろめたさを覚えたのは、昔話のうりこひめとあまのじゃくを読んだ時だったのだから、妄想の歴史は長い。
 それを表に出すことなく、話の輪に加わらず、ぽつんと机で本を読むわたしは、すっかり真面目で奥手な少女だと思われていたころだろう。
 小学校、中学校、高校とわたしはずっと同じ思いを抱えたまま、本と眼鏡を頑なに手放さなかった。
 誕生日や進学の節目の年にわたしはいつも真面目な優等生な女の子から、奔放で魅惑的な女になりたいと願う。ただ願っては実行に移すことなく、年月だけは確実に流れていった。
 このまま十年後も二十年後も変わらない自分が容易に想像でき、ぞっとした。だから、二十歳になった記念に、わたしはクラブに行くことにした。
 まずは初めてコンタクトレンズを目に入れた。次は、服だ。たくさんの服が並んでいる中で、背中のぱっくりと開いたミニのサファイア色のワンピースが目に入った。普段なら絶対に手に取らないだろう。テレビで見た芸能人が映画の舞台挨拶できていたワンピースに似ていた。
 そのワンピースを手に取ると、待ち構えていたように女性店員が近づいてきて、満面の笑顔で話しかけてくる。
「それ、可愛いですよね。ご試着なさいますか?」
 蛇に見つかったカエルの様に固まるわたしを店員は滑らかな口調で、試着室に導く。
「お客様、ショートヘアですし、このドレスのデザインは、絶対お似合いになると思いますよ」
 ただ手入れが面倒で、短くしている髪をほめられて、わたしは戸惑いながら、あいまいに頷きながら、試着室に入った。

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