小説

『檸檬爆弾』荻野奈々(『檸檬』梶井基次郎)

 プールが水色のペンキで塗られているから、こんなにも水はあおいのか、もし白色で塗られていても、水は水色なのだろうかな、檸檬が深く沈むにつれて、はっきりした黄色の彩度がぼんやりしていく様子を、彼女はじっと見つめていた。檸檬は一番底まで到着した。カチリ。彼女は水の底からではなく、あきらかに自分の鼓膜のすぐそばで、その音を聞いた。
 その音にかぶせるようにして、爆発音が響きわたった。閑静な水面がゆらいだかと思えば、巨大な水柱が立ちのぼった。それは彼女の顔に直撃し、その勢いで彼女の上半身は半円を描いて反り返る。彼女は飛び込み台のはしっこをしっかりと掴むことができたので、頭を打つには至らなかった。最大値まで上昇した水は、プールサイドを激しく打ちつけた。しばらくの間、彼女の目も、鼻も、耳も、正常に機能しなかった。カルキ水のまるくてつんとする味が、彼女の口内に広がった。じっとりと水分を含んだ制服から、しずくが肌を伝ってプールサイドへと流れていった。プールサイドには大きな水溜りがいくつも出来ていた。彼女の犬のような呼吸だけが時計の秒針のように響きわたっていた。

 
 その店に彼女が一歩踏み入れたとき、軽快でひかえめな打楽器のリズムと、どの言語なのかまったく分からない男性の低い声が特徴的な音楽が流れていた。抑揚がなく、曲の盛り上がりも一切ない。永遠に続くかとさえ思われるその旋律は、聴いているものにそこはかとない不安を感じさせた。店内は、スーパーや百貨店にあるように店側からいくつか用意されている順路、というものが全く存在せずに、客たちの右足首に赤い糸をつけたならば、どこかで確実にねじれてこじれ、二度と解けないだろうと思われた。各棚にはそれぞれのコンセプトの要素を含んだ様々なアイテムが配列されている。あまったるい声で歌う画面のむこうのアイドルのまわりには、彼女たちの名前が大きく印刷されたTシャツや、90年代アニメの魔法少女のステッキ、パステルカラーのユニコーンのパスケースに、キャンディのように包装された入浴剤、地下アイドルについて論じられた新書と雑誌などが、ところせましと置かれていた。また、黄色いポップがべたべたと貼られており、勢いの良い字で、商品たちを定義づけていた。

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