小説

『木漏れ日の中で息をした』水無月霧乃(民話『送り狼』)

「うん」
 葛葉はそれ以上何も言わなかった。俺は葛葉の背中を軽く撫でてやってから、振り返った。
 そこにいたのは、やはりあの日の狼だった。青白い光を放って、そこに座りながらこちらを見ている。
「ありがとう、あの日も、今日も。俺を守っていてくれたんだよね」
 俺はずっと、守られていた。きっと、俺が知らない間にも、守っていてくれていた。あの狼は、ずっとずっと昔から、俺のことを知っていて、見守ってていてくれたんだろう、だけど俺にはそれが思い出せない。あの日のことを、今日まで忘れていたように。それが悲しくて、涙があふれてきた。何を言えばいいんだろうか。悩んでいるうちに狼は森の中へ戻っていく。
「ま、待って」
 俺の制止の言葉に、送り狼は一度だけ振り返ると、再び森の中へ戻っていった。

――――

 やあ、やあ、はじめまして。僕はキツネである。名前はまだない。

 というのは、冗談でして、名前ならあります。葛葉です。ちょっと有名な某小説を真似てみたのです。ああ、面白い。

 さて、僕はキツネであるのに、変化をして人間として生きているのですが、これには深いわけがありまして。僕らキツネの住処である森林が年々、人間たちの伐採によって減少してしまっているのです。このままでは食い物にありつけないと、こうして人間として生きているのです。しかし全てのキツネが変化できるわけではなく、また、人間のせいで住処が無くなったのに、人間として生きるなんて嫌だという強情なキツネもいるわけです。だから俺みたいなやつは少数派で、仲間たちにも結構反対されちゃいました。だけど僕は生きてこその命だと思っているし、そこは臨機応変に対応しなければ生きていけないよこの時代は。
 で、当時の僕の人間時の姿は中学生くらいが妥当であったので、中学校から入りました。そこで僕の人生の生き甲斐の一つとなる出会いがありました。それが与那原(よなばる)先輩である。この人、どこにでもいるような本当に平凡な人なのだけど、ただ一つ。霊媒体質だったのである! 初対面のとき、それはそれは驚いたよ。だって背中に何体幽霊とか妖怪を乗せてるのさー! って、思わず突っ込みたくなったからね。もうこの人といると、その周りに居る幽霊たちは忙しなく動いているし、先輩に術をかけたりして遊んでいるし、見ているだけでそれはもう楽しくって堪らないよね! まあたまに悪霊なんかも来ちゃうから、いつも楽しませてもらっているお礼に、僕はお得意の狐火を口からふっ、と吐き出して退治するの。普通の人には見えないけどね。
 

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