小説

『木漏れ日の中で息をした』水無月霧乃(民話『送り狼』)

「送り狼ですね、それ」
「おくりおおかみ?」
「ちょうどさっきの民俗学で習いましたよ」
「……」
「そう睨まないで下さい、ちゃんと説明しますから。送り狼っていうのはですね、夜中に山道を歩いていると、ぴったりとくっついてくるんです。地域によって送り犬だったりするんですが。いや、でも、送り犬の方が一般的かも? 正しく対処をすれば、護衛となってくれるんです」
「へえ、じゃあ俺は守られたってことなのか」
「ん? 先輩が?」
「いや、今日の夢は、俺が昔、本当にあったことなんだ」
 小学二年生の春、俺は近所の子供たちと一緒に狼を探す、ということになり、近くの森に入った。明るいうちならば、近所の子供たちだって道に迷うことはなかっただろう。そう油断した俺は他の子供たちと別れ、一人で狼捜索に明け暮れていて、日没に気づかずにいた。帰ろうと思ったとき、自分の帰るべき道が分からなくなってしまったのだ。その後のことは、あの夢の内容のままだ。
「しかし先輩、送り狼っていうのはですねえ、転んだり歯向かったりした人間をバッと襲ってガブッと食べちゃうわけですよ。自分のテリトリーを荒らされるのが嫌なんでしょうね。良かったですねえ先輩。もし転んでたら危うく食べられちゃうとこでしたよ~」
葛葉は体全体を使って狼を真似ながら、俺に説明をした。狼の襲い掛かる演技はやけに熱っぽく演じていたが、それすらも演技だろう。切れ長の目が、いつも俺をみて笑っている。俺みたいな平凡な人間を観察して何が楽しいんだか。
「何ですか、先輩。俺のことをうっとり見ちゃって」
「うっとりはしてない」
「先輩、最近、体調悪い?」
「最近は、ちょっと疲れてるかもな。ここんとこ、提出課題がやたら多かったか、らっ!?」
 俺が話し終える前に、葛葉は俺の頭の上目がけてふうっ、と息を吹きかけてきた。葛葉のこういう小さな悪戯も、中学の時、知り合ってからずっと続いている。慣れてはきたものの、こうして突然やられると、やはりびっくりする。
「ったく、いい加減、そういうのやめろよ」
「ふふ」

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