小説

『夢泥棒』伊藤円(『夢占』『舌切り雀』『浦島太郎』『かちかち山』『雷のさずけもの』『はなさかじいさん』等)

 よく喋るなぁ、と橋爪は思った。依然イルカは泳ぎ、夢泥棒との距離も縮まっていない。そんな説明をする時間があったら、その捕獲方法とやらに着手した方がいいんじゃないか? というかそれより何より、早く自分の夢に帰りたい。
「あの、もういいんでとにかく僕を元の夢に戻してくれませんか」
「ふふ、焦りなさんな。既に捕獲作戦は始まっているんですよ」
 ざぱん!
 途端、海が行き止まって、橋爪たちを乗せたイルカの群れは水の外に飛び出した。地に降下しながらイルカはきらきら泡粒と散って、しかし夢泥棒は、刑事は、橋爪は、まるでアクションゲームのように、ふわり、砂埃一つ立てずに地に降り立った。そこは、城の中だった。天井も柱も壁も彼方此方に宝石が散りばめられて、楽しげな音楽がどこからともなく鳴り響き、あっちでは鯛が、こっちでは海老が、ひら、ひら、踊っていた。咄嗟に橋爪が想起したのは『浦島太郎』だった。
「畜生、嵌めやがったな……」
「ぶはははは! ここまできたらお前も終わりだ!」
 一体どうするのだろうと見守っていると、やがて東西南北の扉が開いた。其々の庭には春夏秋冬の四季の光景が誂えられていて、すると北の窓の方から、ちょこ、ちょこ、一羽の白いうさぎ跳ねてきた。刑事の元にやってきて何やらこそこそ話を始めて、
「齧りつけ!」
 突然、刑事が叫んだ。その瞬間、兎は一目散に夢泥棒に向かって走り出し、がぶり、アキレス腱に噛みついた。
「いってぇええ!」
 夢泥棒は叫んだ。が、どういうわけか、その場から動こうとしなかった。
「ふはは! ただの兎じゃないぞ! その牙には特別な呪術が書かれているのだ!」
「やめろぉ! やめろぉ!」
 呪術の力か夢泥棒の足は釘で打たれたように地面に固着し、頭や、腕や、上半身だけを無茶苦茶に振り回した。間もなく、ごう、ごう、火焔が背中に燃えさかり、すると夢泥棒は髭面から少年に姿を変えた。ぬら、ぬら、火焔はみるみる赤茶けた液体と変化し、すると夢泥棒は黒服の黒人となり、ずる、ずる、液体は真っ黒な泥に変化し、すると夢泥棒はサラリーマンのような好青年に、作業服姿の若い兄ちゃんに、どこか覚えのある中年のおばさんにと次々に姿を変えた。そして最後、びりりりりっ、と青い閃光が身体中を覆うと夢泥棒は何と、唐傘を背負った狸に変身したのだった。

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