小説

『モモノミクス』梅屋啓(『桃太郎』『西遊記』)

「いまのところ家来がその犬と猿なんだけど。大丈夫かな」
「そんなの迷信でしょう。見たことあります?犬と猿がケンカしてるの」
「そう言われるとそうなんだけどさぁ。心配だから念のためもう一匹何か選べない?」
「無理ですよ。もう予算ギリッギリですよ」
「ええー、心配すぎるー。じゃあさ、おまえちょっとだけフォローしに行ってあげてよ」
「私が直接行くんですか?ダメですよ。下界のことに直接干渉するのは天界規約違反でしょ」
 詰め寄る天子を天帝はその大きな手で制止した。
「わかってる。だから直接じゃなくていいじゃない。おまえ鳥に変化するの得意でしょ?ちょっと間に入ってさ、偵察とかやってあげたりさ、アドバイスだけあげればいいの。ね。一応念のため。ね!」
 天帝のお願いに圧倒され、天子は溜息をひとつついて言うことを聞くことにした。
「わかりましたよ。ちょっとだけ、アドバイスだけですよ」
「よっし。じゃあ作戦決行は明日の早朝夜明けとともに。釈迦如来が起きる前にこっそりやっちゃおう」

 こうして、新たにひとつの仙桃が備前の国、現在の岡山県に流されることとなった。運よく老夫婦に拾われた桃から生まれた天界人の少年が、その後家来とともにどんな活躍をしたのかは、誰もが知るところだ。ただ、その影にはサポート役として雉の姿で下界に向かった東アジア地区長の多大な貢献があったことはあまり知られていない。鬼ヶ島の偵察を行い、鬼たちの戦力を調べて報告していたこと。犬の牙や猿の爪に、ちょっとだけ天界人の法力を授けてあげたこと。下界で育った一人の少年が強力な鬼たちを退治できたのは一重にこの天子の助力あってのことだった。
 おかげで日本には桃太郎と呼ばれる新たな英雄が誕生し、その活躍に勢いづいた日本の景気は右肩上がりに回復。今では世界屈指の先進国と呼ばれるまでに成長した。ちなみに、法師と共に旅に出た孫悟空の活躍や、それが中国に与えた経済効果も知っての通りである。
 アジア全土の景気を大幅に回復させたこの天子は、その功績を称えられ、今でも天界では経済の神様として賞賛されている。今では出世してその姿を雉から鳳凰へと変えて。

 ほら、今もあなたの財布の中に。この国で一番価値の高い紙幣の裏でひっそりと、今日もこの国の経済の行方を見守っている。

1 2 3 4 5 6 7 8