小説

『美しい人』澤ノブワレ(『雪女』)

 気がつくと、僕は走っておりました。その足は学校ではなく、家の方向へと向かっておりました。

……助け出す?
……誰から?
……父から?
……父ではない。
……では誰から?
……運命から?
……分からない……。

――混乱しきった自問自答を繰り返しているうちに、僕は家の門の前に着いておりました。その曇天に高くそびえる門が、僕を瞬時にして正気に戻したのであります。自分は一体何をしていたのであろうか。戻ってきて何をするつもりだったのだろうか。この小僧が訳の分からぬ気持ちを伝えて、ユキがどうにかなるとでも思ったのだろうか。僕は、頭がどうかしてしまったのであろうか……。僕はしばらく門前に立ち尽くし、呆けたような顔になっておりましたが、不意に赤面いたしました。そしてほとんど礼式の回れ右をして、トボトボと学校に向かい始めたのであります。

――その刹那でありました。私の背中に、久しく聞いていなかった怒声が飛んできたのであります。それと同時に、何かが倒れる音、ガラスの破綻する音。ビクリとして恐る恐る振り返りましたが、そこに父の姿はありませんでした。しかし、絶え間ない破壊音と、途切れ途切れの怒声は、やはり聞こえてくるのでした。今にも破裂しそうな胸騒ぎがして、ほとんど無意識に踵を返し、家門をくぐったのでありました。
 玄関を入り、長い廊下を忍び足で歩いている最中も、その恐ろしい騒音は響いておりました。それはどうやら廊下の突き当たりにあるダイニングから聞こえているようで、僕は震える足を力づくで前に出し、その重い扉の前まで辿りつくと、そっと、少しだけ、扉を開いたのであります。
 

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