小説

『あの子は月にかえらない』池上幸希(『竹取物語』)

 ばあちゃんは血がつながっていない春太郎の方をかわいがり、日夜子とは顔を合わせて食事したくないと言い出したので、彼女は夕食の残りものを独りで食べ、洗い物をさせられていた。自分の服がない時はおれのお古をあてがわれ、ズボンをはいていることが多かった。ときどき部屋にきて、たんすをのぞいて着られそうな服を物色した。おれと春太郎はファッションチェック係だ。長めのタンクトップ一枚で服を脱いだり着たりする日夜子は、男子の視線には無頓着だった。ぶかぶかのスウェットに鼻をうずめ、「達ちゃんのにおいがする」と目を細めた。何を着ても、おれより格好よく見えるのがおかしかった。
 うちの周りはぐるりと高い生け垣に囲まれ、竹林との境い目がはっきり分かれている。真向かいにはおしゃべり好きなおばさんが住んでいて、うちでお茶を飲んではばあちゃんと人の悪口ばかり言っていた。そんな時は、二階の自分の部屋にこもるのが妥当だ。カーテンを閉めようとしたら、すっかり日が陰った庭を歩く日夜子の姿が目に入った。
 おれに気づいて、日夜子はしいっと人差し指をくちびるに当てた。普段は庭師しか近づかない物置小屋の裏側に、彼女はひっそりしゃがみ込んでいた。足元でうごめく生き物が見え、思わずはっと息をのむ。野生のタヌキがこんな所にいるなんて、全然知らなかった。
 日夜子は、給食のパンを持ち帰って与えていた。タヌキは二匹いて、かふかふとコッペパンを頬ばっている。背中をなでても、気にする様子はない。おれが足音をたてると、タヌキたちはわれに返ったように生け垣の根元の穴をくぐり抜け、すっ飛んで逃げた。小さく肩をすくめた日夜子は、ばあちゃんが母親の写真を庭に投げ捨てたとき、あの子たちを見つけたんだと教えてくれた。笹の葉がさらさら鳴り、細い黒髪がおれの肌をくすぐる。
 

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