小説

『透鳥』生沼資康(『ナイチンゲール』)

 祖父が住んでいたこの家には、敷地の前方を取り囲む鬱蒼とした庭があった。祖父の代に家が作られた当時、ただの草地であった屋敷の周りを、馴らし、木を植え、広大な庭を作った。過去の写真を眺めれば、それなりに統一感のある庭であったことが伺える。
 が、祖父の死後、庭の管理を任された父はその庭を荒らしてしまった。
父は庭に対して無関心だったわけではない。ただ、全てにおいて彼は、自然体であることを愛していた。父の理想は、人間の手が加わっていないところにあった。それゆえ、土面は草の茂るに任せ、木々は枝を好き放題に伸ばしていった。
そうして父の理想は祖父の死を契機に始まり、3年の時を経て、ほぼ完成を迎えていた。ここは既に庭と呼べるかどうか怪しい代物に変貌している。
地面には雑草が生い茂り、その上には去年一昨年の枯れ葉が被さり、立派な堆積層を形成した。父はそんな庭の様子を、さして表情を変えずに見ていた。

 ある日、干からびた桜の花びらが落ちていることに気がついた。ここからでは桜の木がどこにいるのか全く見えない。満開の季節に誰にも気付いてもらえなかった可哀想な桜から、それは飛んできたのだろう。
 なぜだろうか。僕はそこに巣箱を作って置くことにした。勿論簡単なやつだ。出入口は丸窓ひつ。桜の木には虫がつきやすいと聞くし、鳥が棲み着けば虫を食ってくれるかもしれない、そう思ったのだ。これは桜に対する罪滅ぼしなのだろうか?
 ただ、その頃の僕は父の庭に手をつけてしまったことばかり考えていた。でも幸運な点もある。桜は庭の外からは見えない。つまり、僕さえ黙っていれば誰にも気づかれないのだ。
雑草と枯葉の均衡を崩さないように、そっと庭へ入り、巣箱を設置した。そして一週間後のある日の夕暮れ、巣箱に置いた餌が無くなっていた。
 

1 2 3 4 5 6 7 8 9