小説

『つまらないものですが』泉谷幸子(『わらしべ長者』)

「あ、田中さんは30歳くらい、中肉中背で今日はたしか紺のスーツに青っぽいネクタイだよ。髪型、顔どっちも普通です。」
 普通の髪型ってどんなの?と思ったが、確かにいわゆる会社員の男性の髪型はたいていがそれほど個性的ではないから、そう表現するしかないのかもしれない。顔はただただ平凡ということか。その気もない知らない者同士の妻子持ちの男性と振られたばかりの女が、二人で恋愛ものの映画を観る絵はずいぶん変じゃないかと思うが、嫌だと言うのも変なので、「了解、仕事頑張って!」とだけ返事しておく。まだ時間はあるが、その田中という人物が何時に映画館に着くかわからないので、ゆっくり向かうことにする。
本屋を出て地下街から地上に出ようとして、雨が降っていることに加奈は初めて気が付いた。うそ・・・。昼間日傘が欲しかったのに、今は雨傘がいるなんて。夏場ならよくあることでも、今の加奈にとってはいちいち運命が自分の行先を邪魔しているような気がする。ついてない。本当についてない。ヒロシのラインからずっとついてない。ヒロシのラインから。加奈は心の中で頭をぶんぶん振った。こんなことを思い悩むのが馬鹿馬鹿しい。あんな奴、勝手にすればいい。こっちから振ったと思えばいい。よけいな手間が省けてよかったんだ。今の彼女もそのうちあたしと同じ運命よ。ふん、かわいそうに。いや、かわいそうじゃなく、いい気味よ、か。加奈はまた心の中で頭を振る。
とりあえずは外に出ないと。ここから映画館は外を歩くしかない。出口から覗くと少し向こうにコンビニが見えた。雨はまだ本降りというほどではないから、そこまで走ればいい。しばらく待ってやみそうになかったら、傘を買ってもいいか。 加奈は思い切って、コンビニめがけて走り出した。あちこちにできた水たまりを避けてはいるが、どうしても水ははねる。お気に入りのサンダルなのに、と天を恨む。
コンビニに着いて、軒下で一息つく。足元が濡れて気持ち悪い。うんざりしながらしばらく時間をやり過ごす。雨は一向にやみそうにない。どころか、ますます勢いを増してくる。ついてない。
 

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