小説

『私の桃源郷』秋山こまき(『アラジンと魔法のランプ』)

 皆、こんな時だけ無理して笑顔をつくる。
「ねえ、パパ、またバッグほしいの」
「おやじ、新しい車がほしいんだよな」
「あなた、毛皮のコートもほしいんだけど」
 こんな願いなど叶えてやるのはたやすいが、普段、私は家族に邪魔者扱いされている。
臭い。汚い。うっとうしい。そんな冷たい仕打ちを受けている。
 だが、それならまだいい方で、いつもは口さえ利いてもらえず無視されている。これほど辛いことはなく、そう思うと怒りが込み上げてきた。
「いい加減にしろっ! 物をねだる時だけ猫なで声出しやがってっ!」
 私はついにキレ、家を飛び出した。

 気がつくと、海辺に来ていた。
 この日、海は荒れ狂い、空には暗雲たれ込めている。まるで、私の心境そのものだった。
 もう嫌だ。嫌だ、嫌だ。私の居場所など何処にもない。こんな世界から抜け出したい。私にはもっとふさわしい場所があるはずだ。
 そう、愛に満ちあふれている世界。
 私はあまりにも理想とかけ離れた現実にうなだれた。砂浜にひざまずき、頭をかかえ、天に向かって叫んだ。
「誰か、誰か、ここから救い出してくれっ!」
 

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