小説

『ビルの木』早乙女純章(『注文の多い料理店』)

 その横にいる小さな男の子は、『トカイ』を覆うようにして生えている『みどりの木』を眩しそうに見つめていました。みどりの葉っぱはどこからか太陽の光を浴びて、きらりと光る水の雫を滴らせ、土を潤わせます。
「さあ、おれたちの力が『トカイの森』の新時代を切り開くため、必要な存在なんだって、思い知らせてやるぞ」
「目の前に立ち塞がるリスだの兎だの鹿だの」
「狸だろうが、狼だろうが、虎だろうが、象だろうが、行く手を阻むなら」
「どんな奴だって、がつんがつんと殴っていって、この森から追い出してやる」
 若者二人は大股で、『トカイの森』に足を踏み入れました。
 男の子は、その場に静かに立ったまま、二人の背中を眺めていました。
 二人の若者とはここに来る途中、偶然行き先が同じだったので、一緒に道を歩み進んできただけなのでした。
 男の子にとっては、道の途中に『トカイの森』があっただけで、若者二人には『トカイの森』が目的地・つまりゴールなのでした。
「『トカイの森』には大きな鉄の箱があるって話じゃないか、え?」
 若者は『くるま』が行き交う道を、うまく避けて渡りながら、もう一人の若者に言いました。
「おう。それを見つけて、中に入れば、すごい金持ちになれるってんだろ」
「おい、見てみろよ。あれじゃないか」
「おう、どれだ?」
 若者の片方が指さすところには、確かに『ビルの木』が開けて、広場のようなところに、鉄の四角い箱がありました。
 

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