小説

『図書館員、人類を救う』平井玉(『天の羽衣』)

「うわっ、きつい。えー、芸の為なら女房も泣かす、みたいなことなのかな」
「意味が分かりません」
「芸術にのめり込むと、まともじゃいられないってことですかね!普通に幸せになりたかったら、そういうのはほどほどにしてマイホームパパになれってことかな」
「マイホームパパ。・・・家庭的な父親」
 少女の表情が若干緩んだ気がした。
「面白い言葉ですね」
 ほぼ死語だけど、とヒロヨシはそんな言葉を使ってしまってやや恥ずかしかった。ヒロヨシの父は優しくて、子ども達とよく遊んでくれた。多分母が誇らしげにその言葉を使っていたのだと思う。
「『重力ピエロ』にもいい父親が出てくるでしょ。あれ、好きなんだけどな」
「あの作品では多くの犯罪が行われますが・・・」
「待って、待って。また、身もふたもない言い方しようとしてるでしょ。本は、もっとこう、行間を読まないと」
「行間とは、行と行の間のことですか。何も書いていないように見えますが」
 少女が本棚の本で確かめようと手を伸ばしたので、ヒロヨシは慌てた。本の後ろに、あまり草食系とは言えないDVDなどが置いてあるのだ。
「いやいや、行間には何も書いてありません。ただ、読んで自分で色々考えろってこと」
 昔国語の教師に散々言われたことだが、ヒロヨシも「行間ってなんだよ」と思っていたのだった。文学部の奴の所に現れてくれたらよかったのに、と思う。だが文学部だったら余計に宇宙人をむかつかせたかもしれない、とも思う。気が付くと、Tシャツも短パンも汗でしっとり濡れて、体にぺたりとはりついていた。
 

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