小説

『図書館員、人類を救う』平井玉(『天の羽衣』)

 そう言った途端、少女が自分に何もかも話していることが心配になった。「Xファイル」を全作見たヒロヨシである。
「僕を実験材料にするつもり?」
「サンプルをとります。人類の生物学的な解析はもう済んでいます。欲しいのは思考傾向のサンプルです」
「話し合うだけ?」
「話し合うだけ。あなたの記憶を消すのは簡単ですから、抹消する必要もありません。怖がらないでください」
「相田さんはああ言ったけど、僕はそんなに標準的じゃないよ。標準的なら今頃会社員になってると思うけど」
「相田さんの生物学的評価は正確です。あなたは標準的な一般人ですが、私の上着を盗みました。その行動に興味があります」
「盗んだわけじゃないんだよ。渡そうと思って忘れちゃったんだ。ほら、小説にだってあったでしょ?普通の人間がひょっと道を踏み外すことあるでしょ?魔がさすというか」
「文化財に放火するなどですか」
 相田さんの挙げた金閣寺!読んだことないし、とヒロヨシは悶えた。
「いや、面白半分に火をつけたわけじゃないでしょ?なんか主人公も悩んだんでしょ?」
「コンプレックスを解消できずに女性と正常な交渉ができない、という悩みをもった人間が全員放火をしていたら、日本の文化財は全て焼失しています」
「まあ、小説ってそういうものでしょ。極端な場合を取り上げるっていうか」
「紹介された十作中、五割の作品で自殺または殺人が扱われ、3割の作品で強姦が行われ、9割の作品で人間の自己中心性が引き起こす悲劇が扱われていました」
 

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