小説

『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)

「面接、応援していますよ」
 医師に何度も何度も頭を下げて、女子学生はクリニックをあとにした。

 翌朝、出勤した看護師は、顔の下半分を覆う大きなマスクをしていた。看護師は、落ち込んだ様子で、ため息をついた。
「先生、できちゃいました」
 看護師はマスクを外し、ぷっくりと膨らんだ自分の右頬を医師に見せた。
「落ち込まないで。大丈夫。すぐに手術しよう」
 医者は看護師の肩を軽く叩き、励ました。看護師は暗い気分で頷いた。
 手術は、きっかり二十分で終わった。

 麻酔から目を覚まし、鏡を見た看護師は、言葉を失った。
 右頬のこぶは、手術前と同様そこにあった。変わったことと言えば、左頬に同じようなこぶが増えていること。
 今や看護師の両頬には、こぶがくっついている。
 焦りとは裏腹に、看護師は、冷静に数日前に読んだこぶとりじいさんの話を思い出していた。
(そうだ、確か鬼は、一番目に来たおじいさんのこぶを取ったけれど、二番目に来たおじいさんには、こぶをつけたんだっけ? )  
 医者は鏡を見たまま、微動だにしない看護師に声をかけた。
 

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