小説

『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)

「別にもう見たくもないから、捨てようが、切り刻もうが好きにして」
「はい」
 今回の手術も、きっかり二十分で終わった。看護師は切り落としたこぶを検体として、登録し、冷凍へと回した。
 午前は三件、午後には五件、こぶの切除手術の予定が入っている。こうも毎日こぶを切り落とす手術をしていると、自分を鬼に例えた医師の気持ちが理解できた。
 手術を終え、診療室に戻ってきた医師に看護師は声をかけた。
「先生、ネットでこぶ取りじいさん、読みましたよー。お餅みたいに、ひきちぎるなんて、乱暴ですね」
 医師は椅子に座り、カルテに目を通しながら、笑った。
「はは、そうだね。ひきちぎって、きれいに取れるなら、医者はいらないね」
 医師は伸びをした。看護師は、心配そうに声を掛けた。
「だいぶお疲れみたいですけど」
「ついつい研究に没頭すると、時間を忘れてしまってね」
 医師は苦笑いした。
「まさに医者の不養生とは、このことだ」

 午後には、例の面接を控えた女子学生の手術があった。
 手術を終え、手鏡で顔を見た女子学生は声を震わせた。
「ちゃんと取れてる。よかった」
 医師は、帰り支度をする女子学生に声をかけた。
 

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