小説

『ある医師の心得』田中りさこ(『こぶとりじいさん』)

 そんな折、いち早くこぶ除去専門を唄ったのがこの医師が経営するクリニックだった。
 ネットの口コミで、評判は徐々に広まり、テレビ番組に取り上げられたことで、知名度は一気に上がった。
 白を基調とした清潔感のあるクリニックやこぶについて穏やかに語る医師の姿が患者の心をとらえたのだろう。

 患者の手術を終えた医師は、手術着から白衣に着替え、診察室の椅子に座った。
「どうぞ」
 恐る恐るドアを開け、入ってきたのは、二十代前半の女だ。
 口元を大きく覆うマスクをしている。カールしたまつ毛に縁取られた目が落ち着きなくあたりを見回した。
 医師は、柔和な表情を浮かべ、女と目を合わせた。
「どうぞ、こちらへお座りください」
 椅子に座った女は、小さく息を吐き出すと、マスクに手を伸ばした。女の右頬には、ぷっくりと見事なこぶができていた。
 女は不安げに、医師に質問した。
「仕事休めないんですけど、入院とか必要ですか? あと、キレイに治りますか? 傷痕とか」
 医師は深く頷いた。
「心配ですよね。みなさん、最初はそうですよ。気になることは全部解消してから、治療に当たりますから、安心してください」
 医師は、にっこりと女に笑いかけた。
「手術は日帰りですし、手術自体は、約二十分で終わります」
 

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